2017年08月19日

旅立つ者と見送る者と(AC@Cara)

ケル友でもあるプロのアニマルコニュニケーターに愛する野犬姉妹とお話してもらい、そのレポをとても丁寧なメールでいただいた。亡くなった犬は49日を過ぎたら話せるそうだが私は100日まで決心がつかなかった。こういうことは誰にでも分かるように証明はできないが、今までの経験で馬鹿にしたものでもないと感じている。問題はそれが自分のためになるのかだ。潜在意識下で安易な依存や逃避の理由を作ろうとしていないか?しかし自分だけで消化しにくい思いがあり、考えた末にお願いしたのだ。

カーラ。
彼女の話には愛にあふれながらも突き放されたような寂しさを感じさせられ、読み返したり思い出したりする度に泣いてしまう。今も泣いている。しかし私はやっと諦めがついたのだ。送らねばと思いつつできなかったカーラの訃報メールをオーストラリアに送れた。エリコルの時と違って触れなかったカーラの遺骨を取り出して散骨の決意と仕度ができた。やっと、やっと踏み出せた。お願いしてよかった。ありがとう、まりちゃん。



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posted by NAO at 00:00 | Comment(0) | カーラ(Cara) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする